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泰志龍先生、今日よせていただいた者ですが、自分が迷って悩んでいたことに対して....

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『幸せとは満足を知ることである』

2012年12月25日 15時03分

 本日のテーマ:「“幸せ”とは形としてあるのではなく、心が作り出すものなのだ。」

 何気なく読んでいた小冊子に、こんな記事が載っていました。

 解説がユニークなことで何かと話題になっている『新明解国語辞典』で、「幸福」という項目をひいてみると、

「幸福・・・現在の環境に充分満足できて、あえてそれ以上を望もうという気持ちを起こさないこと」

と書いてあるというんですね。

 その冊子の中では、続きに「・・と、(『新明解』は)意味深長な説明をしている。」と書かれていて、なんだかこの辞書におかしなことが書いてある様に感じられてしまうのですが、私としては、この説明は、すごく真理をついていると思うんですよ。

 人間の欲望というのはなかなかキリがなく、ないものねだりで、なかなか満足しないものなのです。
例えば・・。

ケース・1

@今、経済的には何不自由なく生活している→Aでも、セレブの人をみるとうらやましい!→Bもっとお金持ちにならなきゃ→Cなかなか思うようにお金が貯まらない→Dセレブじゃない私は不幸だ・・。

ケース・2

@今、優しい彼氏がいる→Aでも、友人が背の高い人と付き合っているのを見ると、うらやましい→B彼氏と別れて他に出会いを探さなきゃ!→Cなかなかいい人が見つからない→D友人と同じような恋人が出来ない私は不幸だ・・。

なんとなく、思い当たる部分(自分じゃなくても周囲に)ありません?

 @という現状がある。そこから→A他人と自分を比較して、自分の現状に疑問を抱く→B次の目標に対する欲望を抱く→C願望が叶えられないと欲求不満になる→D自分を不幸だと思いこんでしまう

両方とも、@の時点で満足していれば、幸せだったんじゃないかなと思います。でも、それ以上を求める欲望を抱くことが、「自分はこうならなきゃ」という枠を作ってしまい、苦しみを作り出しているんですね。

 苦しみの無い状態が幸せだとするならば、「満足」=「幸福」と考えても良いのではないでしょうか?

 もう随分前のことですが、「何の不満もないのが不満なんです・・。」といって相談に来られたお客様がおられました。

 なんでも、「家は大金持ちだし、体も健康だし、主人は優しいし、束縛されてるわけでもなく、なんでもやりたいことさせてもらえるんです。」とのこと。でも、そんな毎日が退屈で仕方がなくて、悩みのないのが悩みだというジレンマに苦しんでおられるということでした。

 結局、“満たされすぎた人生に波乱を起こすにはどうしたらいいか?”を占うという、とんでもない事態になってしまったのですが、そんなのは占い以前の問題でして・・・(笑)。正直、どう答えて良いものやら非常に悩みました。家を出て一旦遠いところで一人暮らしでもしてみたら、違う世界が見えるかもしれませんけど、いくら不満だと言ったところで、恵まれすぎている状況を捨てようとすれば、それはそれでもったいないという悩みも出てくるということですし。ボランティアとか、今までやっていなかった趣味を始めてみてはと言っても、しんどいことはしたくないということで、結局、恵まれた環境にいながら、このまま行くと一生悶々とした気持ちのまま過ごされることになってしまいそうです。

 せっかく恵まれた環境にいながら、満ち足りることを知らずに生きていくというのはもったいないなと思います。しかも、他の悩み事と違って、誰からも同情してももらえませんし・・。(不満を口にしながらも、自力でそこから抜け出さないということは、ある意味では現状に満足しているということでしょうけれど・汗)

 結局、周囲の誰から見ても“この人は幸せだ”と思われる状況にいる人でも、本人の心がその状況に幸せを感じていなければ、幸せではないんですよね。

 このことからも、「お金があれば幸せ」とか「結婚したら幸せ」というわけではないということがわかるでしょう?「幸せ」とは、今置かれている現状に対する「自分の心の中」が作り出すものであって、「これが幸せ」という形があるわけではないのですよ。

また、母、泰紅華に聞いた話では、こうおっしゃった方もおられたそうです。

 「私は今まで、何不自由なく暮らしてきて、恋愛も仕事も順調なんです。でも、恵まれすぎていて、私の人生はこれでいいんだろうか?と不安になるんです・・・。」と。

 この場合も“今ある幸せを、ありのまま素直に「幸せ」として受け入れること”が出来れば、何の問題もなかったのでしょう。ただ、この方の場合は、自分の置かれている状況に疑問を持つことが、何か生きる目的を見つけたいという気持ちが生まれるキッカケになったようです。

 だから「自分が恵まれすぎていることに引け目を感じているのであれば、ボランティアに精を出してみるなど、“人のため”に出来ることを始めてみなさい。そうすれば生き甲斐が見つかりますよ。」というアドバイスで、大変喜んで頂けたそうです。

 こちらは、“「幸せ」を「幸せ」と感じなかったことが、新しい「幸せ」を連れてきた”結果オーライという感じですね。 

 ちなみに(話の筋は少し変わりますけど)タイトルで使いました、『満足を知る』というフレーズは、『三国志』に出てくる程?(ていいく)という人物の「満ち足るを知りて辱を受けず」という言葉から取っています。

 程?は、中国三国時代の魏の国に仕えた人で、魏王・曹操の参謀として、政治・軍事に活躍した知恵者でした。この人は当時としては非常に長生きした人物としても知られているのですが、ある程度の年齢に達した時に、上の言葉を口にし、周囲の人々の制止を振り切って政治の世界から引退したそうです。

 老いて判断力が鈍っているのに、権力の座にこだわり続けて、国が乱れる元になった人物が(今もですけど・・。)多い中で、当時の人々が考えてもなかなか出来ることではなかったのでしょう。

 「今の自分に満足し、地位にしがみつくことがなければ、老いによる失敗を世に見せることもあるまい・・。」

 引き際の潔さ表すと言葉であると共に、「今まで生きてきた自分に対する充実感」から来る、幸せな気持ちを感じさせる言葉でもあります。

   − 泰 志龍 −

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