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お客様の声

2018.07.23  ハマー様より

過去に2回鑑定していただきました。 とても落ち着いた物腰で説教くさくなく ....

2017.02.08  I様より

泰志龍先生、今日よせていただいた者ですが、自分が迷って悩んでいたことに対して....

2017.01.09  たけちゃん様より

母親感覚で懇切、丁寧にアドバイスをしてもらえて好感が持てました。

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『人間萬事塞翁が馬』

2012年11月14日 18時42分


今回のテーマ『良いことと悪いことは表裏一体。最後までわからないよ。』

 これは、私の座右の銘でもあるのですが、まずは、この故事成語の元となったストーリーをご紹介しておきましょう。

「塞翁が馬」(「が」は、現代語でいうと「の」になります。)

“昔々、中国のあるところに、塞翁というおじいさんが住んでいました。おじいさんの家の牧場には一頭の立派な馬がいました。村の人々がうらやむほどの名馬でしたが、おじいさんは特にその馬を誇ることはありませんでした。ある日、その馬が突然失踪してしまいます。村の人々が「あんな馬が逃げてしまうなんて気の毒に・・。」と声をかけましたが、おじいさんは顔色を変えることもなく「いやいや、まだどうなるかわからないよ。」と答えます。すると、しばらく経ってから、その馬が戻ってきました。なんと、たくさんの野生の名馬を従えて。こうしておじいさんの牧場は一層賑やかになります。村の人々は「おじいさんは運が良い」と口々に言い、うらやましがりましたが、おじいさんは「いやいや、まだどうなるかわからないよ」と答えます。またしばらく経ったある日、おじいさんの息子が、乗馬の練習中に大ケガをしてしまい、片足が不自由になってしまいました。たくさんの馬を飼っていたために起こった事故でした。村の人々は「この度はお気の毒様で・・。」とお見舞いの言葉をかけますが、それでもおじいさんは、「いやいや、まだどうなるかわからないよ。」と答えます。すると、しばらくのち、付近の国で戦争が起こったのです。村の若い男達は次々と戦に駆り出され、ほとんどが戦死、戻ってきた者も変わり果てた姿となっていました。ところが、おじいさんの息子は、もともとケガで足が不自由だったため徴兵されず、村で平和に暮らしていたのでした・・・。”

 と、こんな内容の話だったと思います。

 つまり、人間というものはつい、その場その場の状況で「良かった!」とか「悪かった!」とか決めつけて一喜一憂してしまうものなのですが、良いとか悪いとか、幸・不幸というものは、決して最後までわからないものなのだということを表しています。

 実際に占いをしていても、こういう状況と良く出会います。

 ・一流会社に就職が決まって喜んでいたら、入社したとたんに不祥事が発覚して倒産してしまった。しばらくは絶望感にさいなまれたが、その後再就職した会社がものすごくやり甲斐のある仕事をさせてくれている。

 ・つきあっていた男性にフラれ、しかもその男性が違う女性と結婚してしまった。失意のどん底にいたが、後で聞くと、その男が、実は莫大な借金を抱えていたことがわかり、今では結婚した女性の方が失意のどん底らしい。その後、自分は自分にふさわしい男性と結婚し、幸せに暮らしている。

 というようなことが、本当にあるんです。

 だから、今が辛いからといって「もう絶望。何もかも真っ暗。」とか思わなくて良いということ。
 逆に、今調子が良いからといって「もう俺に怖いものなんて何もない」なんて思ってると足下すくわれることになります。

 こう考えれば、単に目先の状況で一喜一憂することよりも、良い時は、良い状態を持続させる方法を、悪い時は、早くその状況を抜け出すにはどうしたらいいかを考えておくほうが大切だってわかりますよね。

                                            − 泰 志龍 −

『虎穴に入らずんば虎児を得ず』

2012年11月12日 15時36分

今回のテーマ『傷つくことを恐れていては何も始まりません。』

「虎穴に入らずんば虎児を得ず」

 “虎の巣穴に虎の赤ちゃんがいるのを見つけたので捕まえたいが、いつ母虎が帰ってきて、自分が食い殺されることになるか分からない。でも、捕まえようと思ったら入っていくしかない…”ということから「リスクを覚悟しなければ、成功は望めない」という意味で使われる言葉です。

 例えば、恋愛について占って「相性も良いし、易をたてても良いのが出てるから、大丈夫だよ!」と言っても、「告白する勇気がない。」「とても近づけない。」とう方は、実際にたくさんおられます。

 傷つくのが怖いからですね。でも、好きな人と親密になろうと思ったら、アプローチするという以外にどんな方法があるでしょう。占い師は、仲良くするにはどうしたら良いかをアドバイスすることは出来ても、決して代わりに告白してあげるわけにはいかないので(笑)、やはり最後は自分の勇気でなんとかしてもらわなくてはいけません。でないと、いつまで経っても同じ状態のままです。

 決して恋愛だけの話ではなく、仕事でも趣味でも、やりたいと思っているのに踏み込めないことって、結構多いと思うんです。けれど、やりもしないで先に失敗を恐れていては何も出来ません。みんな本当は知っていることですよね。そんな時に、思い出して欲しいのがこの言葉。

 ハッキリ言って、一生のうちに一度も傷つく事なく生きていく人はまずいません。だからこそ、失敗も人生の大切な経験だと言えると思うのです。失敗したらまた挑戦したらいいのです。

 幸いなことに、現在の日本で生きて行くに当たっては、余程のことをしないかぎり“虎に喰い殺されて死んでしまう”様なことはないのですから、やりたいことがあったらどんどんチャレンジしていけばいいと思うんですね。

 (た・だ・し、いくら「リスクを覚悟しなければ成功は望めない」からと言って、ギャンブルで大穴に全財産注ぎ込んだり、「人生何事も経験」といって悪徳商法に踏み込んだりしないでくださいね。)

                  − 泰 志龍 −

『結婚したら片目をとじよ』

2012年11月09日 20時00分

「前は好きだったんですけど、最近相手のことが急に嫌になって・・。どうしたらいいですか?」

というご相談を受けることがあります。
何を勝手なことを・・と思われるかもしれませんが、実際、このようなお悩みを打ち明けられることはかなり多いのです。どうしてこうなるのでしょう?


『結婚前は両目を見開き、結婚後は片目を閉じよ』

という言葉があります。
幸せな結婚生活を迎えるためには、『お付き合いをしている段階で、その相手の人物をしっかり見極めること、
そして結婚したなら、相手の少々の欠点には目をつぶり、穏やかな家庭生活を心がけることが大切だ。』というのです。名言ですね。

しかしながら、実際はその逆になってしまいがちです。
『恋は盲目』とか、『アバタもエクボ』という言葉があるように、“恋愛中”は「好き!」という思いが先に立ち、相手のすべてが美点にみえてしまうのです。
ところが、結婚して長い時間共に生活するようになると、それまで気にならなかったことが目につくようになってくる…。

さらに多くの場合、「こんなはずじゃなかった!」という思いにとらわれてしまうと、イライラが募って家庭内不和ということになるようですね。

ある女性が「結婚するなら、その前に必ず同棲するべき!」と言っていましたが、それも一理あるかもしれませんね。

完璧に理想の人というのはなかなか出会えるものではありません。
でも“欠点も含めて愛せる人”と、“納得ずくの結婚”ができれば、
それが理想の家庭生活に結びついていくのではないでしょうか?


                   − 泰 志龍 −


『“運命”と“宿命”』

2012年11月06日 19時13分

『“運命”と“宿命”』


占いでは、よく“運”という言葉を使います。「恋愛運」「金運」「仕事運」とか、「今年の運気」「これからの運勢」といった具合ですね。
そこでまず、この“運”という字を使った言葉の中から『運命』という言葉について考えてみましょう。

『運命』と『宿命』
2つともよく耳にする言葉です。
みなさんは、この2つの言葉を区別して使っていますか?
一見同じ意味に思えるのですが、実は大きな違いがあるのです。
たしかに両方とも、しばしば「さだめ」という読み方をされるように「人智ではかりしれない何らかの力によって決められている巡り合わせ」という意味があって、その点では同じなのですが・・。
では、どう違うのか?!

実際に辞書で『宿命』という言葉を調べてみると、「前世から定められている運命」と書かれています。前世と言ってしまうと、仏教で言う輪廻転生があるという前提になってしまうのですが、いずれにしても、はっきり言えることがあります。

私達は、自分の意志で生まれてきたわけではありませんね?生まれてくる前から「生まれたい」と思っていたわけではなし、性別・家柄・顔・スタイル・出生地どれひとつとして選ぶこともできず、自分を作ってくれた両親がどんな人なのかを知ることもなく生まれてきたでしょう?

そして気づいたときにはすでに“自分”だったはず。
すなわち、私達人間一人一人が“自分自身”としてこの世に生まれてきたこと自体が『宿命』だということです。

例えば、裕福な国の優しい両親の元に生まれた“宿命”、飢餓や内戦に苦しむ国に生まれ、生後間もなくして命を落とさねばならないという変えることの出来ない“宿命”。そういったものは確かに存在すると思います。

それに対して『運命』とは、生まれてから後のこと、人生を歩んでいくその過程においてのことを言います。「僕はこの人と出会う運命だった・・。」みたいな感じですね。

でも・・。皆さんは、『運命』ってあると思いますか?

何かあるごとに、「○○はこうなる運命だった・・。」という人もいれば、「そんなのたまたま。運命なんかじゃない。」と言って認めない人もいますよね。

はっきり言って、本当にあるかどうかなんて誰にもわからないのではあるのですが・・とはいえ、占いの世界においては『運命』は存在すると考えられていて、例えば西洋占星術、そして中国の四柱推命などは、すべて天体(星)の運行が人の一生に影響を与え、運命を左右するという考えのもとになりたっているわけです。

しかし、私があえて言いたいのは、「『宿命』は変えられなくても、『運命』は変えることができる!」ということ。言い換えるならば、占いとは『悪い運命』を変えるためにあると言ってよいと思うからです。「人生は意志と努力で創るもの」と我が師・小林泰明先生も申しておりますが、まさにその通り。

だって、たかが生年月日や星座で一生が決まるわけないじゃないですか!

え?占い師がそれを言っちゃ元も子もない?ですよね(笑)。

では、占い師である私が、そう思う理由を、次回以降ののコラムで書いていくことにしたいと思います。

                                                       − 泰 志龍 −          

泰 紅華の復帰について

2012年03月29日 15時08分

去る1月31日、右肘複雑骨折により手術を行いました泰 紅華は、その後3月1日に退院し、さらに1ヶ月間、自宅療養しながらリハビリに励んで参りました。

多くのお客様からお問い合わせを頂いておりましたが、本人の意思により、4月より店舗での鑑定に復帰する予定でございます。

利き腕の損傷につき、鑑定書の文字が乱れご迷惑をおかけする知れませんが、何卒よろしくご了承お願い致します。

→2012年4月期の店舗担当カレンダー